株式会社 Jコスト研究所

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連載コラム 『Jコスト改革の考え方』目次はこちら

2017年1月より、『Jコスト改革の考え方』というコラムをおよそ月に一度の頻度で更新していきます。

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2020年6月

季節のご挨拶

先回このコラムを書いた直後の4月7日に政府から東京圏・大阪圏に対して緊急事態宣言が発出されました.それから2ヶ月経ち,一旦全国に発出された宣言が解除になり,6月1日からは,各企業で業務を本格的に再開されたことと思います.

このコラムが,コロナに伴う売上減,そのための生産減,更に,アフターコロナで激変する市場に対して,自社の生産体制をどうすべきかについて,苦慮されている皆さまのお役に立てればと願っております.

皆さまの会社の業種や置かれている状況が違いますので,具体的な解決案はお示しできませんが,トヨタで現職の頃,仲間とともに使っていた改革に向けた『キャッチコピー』が,その後コンサル業として多くの会社の改革のお手伝いで役に立ちましたので,此処で改めて皆さまの参考になればと思い,ご紹介したいと思います.

先回は

【A】「常に『目的は何か?』を問い直そう」

について紹介しました.

今回は

【B】「ぶつかった壁は『人が作った壁か?神様が作った壁か?』を考えよ!」「人が作ったモノなら変えることが出来るのだ」

【C】「ルールは変えるためにある」

という『キャッチコピー』を紹介します.

これらは,大野耐一氏ものづくりの仕組みを変え,トヨタ生産方式を構築するときに,頑迷な反対派を説き伏せるのに使ったものであると伝えられておりました.

特に,【B】の事例として原価改善活動の中で,『減価償却費』の扱いに関する論争が有名でした.

この話は,改善を志す皆さまにとって大切な事を多く含んでいますので,以下少し丁寧に紹介しましょう.


【B】
「ぶつかった壁は『人が作った壁か?神様が作った壁か?』を考えよ!」「人が作ったモノなら変えることが出来るのだ」

B-1.当時の日本の製造工場の状況

時代は1950年の朝鮮戦争勃発から1964年の初回東京オリンピック開催までの,戦後復興中の日本に戻ります.当時の日本の製造会社の状況を説明しましょう.


当時の事務所には今のような電子機器はなく,通信は電話とテレタイプ,郵便のみでした.計算はソロバンのみ,全て手書きの帳票でした.

生産管理部門は,営業からの販売計画から生産計画を立て,調達品の手配,各工程への生産指示にてんてこ舞いし,倉庫での行方不明部品を含め欠品騒ぎで明け暮れしていました.

それ故,月度内の個々の工程の生産は,製造現場に任せるしかありませんでした.


当時の製造現場は,鋳造・鍛造・機械加工・塗装など,職種別の徒弟制度に裏打ちされた職長を中心にしたムラ社会があり,あたかも職長を社長とした場内外注会社的な存在になっていましたから,本社機能は各ムラに月度生産量を指示するだけで,自律的に生産をこなしてくれていました.

その月の生産計画が,例えばA;10,000個,B;5,000個,C:3,000個であったとすれば,鋳造・鍛造……の職長は,『経理部門から出された原価目標』の評価を上げるために,月初からA⇒B⇒Cの順に生産し,欠品を起こさない様に早め早めに生産し月末の数日間は生産ゼロで,設備の点検をやる……というのが常態化していました.

当時の経営学の教科書には,完成品在庫は『財産』なので多いほど欠品のリスクを減らすので良いとされ,安全在庫を確保しておくことを推奨していて,多すぎると在庫金額の金利負担と,倉庫代がマイナス要因なので注意すること……と記されています.


B-2.大野氏,小ロット多回生産に挑む

トヨタでも同様の状態でしたが,当時大野耐一氏が取り組んでいた改善は,当時の石田退三社長の命令でもあったのですが,資金繰りがつかず倒産の危機に陥っていたトヨタを立て直す中で,棚卸資産つまり会社内に膨れ上がっている在庫を減らすことでした.具体的には,前記のA,B,Cの生産を月に1回から週に1回にすれば仕掛かり在庫は1/4に減りますし,更に毎日生産すれば,仕掛かり在庫は1/20に減ることになります.


B-3.減価償却費等が改善の壁となった

この,小ロット多回生産による資金繰り向上改革に対して,此処の『経理部門から出された原価目標』の中の『減価償却費』に対する考え方などが,改善の邪魔になって来たのでした.


現在でも同じ問題を抱えている会社も多く居ることから,少し詳しく説明します.


固定資産は法的に決められた耐用年数に亘って,定額法とか定率法という違いはあるモノの,取得費用を配分して計上しなければならないとされています.これが『減価償却費』というモノで,例えば7千万円の設備を購入して,法的償却年数が7年だったとすると,定額法では毎年減価償却費として1千万円計上しなければならないという事です.これは毎月83万円余になります.

このように月々高額の減価償却費を計上するので,設備を遊ばせるのは会社の損だとして,『設備稼働率』という指標を作り,当時のトヨタでも,各職場を評価していました.


製造原価の管理は,ある月の生産に要した費用の実績を基にして,製品1個当たりの予算を下式のように決めます.


\begin{equation} 1個当たりの予算 = \dfrac{減価償却費+直接労務費+補助材料費+用役費}{生産数} \label{eq1} \end{equation}

この予算額に対して,その月の実績値を比較することで,1個当たりの製造原価の管理をしていました.

一目で分かるように,\eqref{eq1}式の中で減価償却費だけは,生産量に関係なく月額いくらとなっていますので,固定費と呼ばれています.沢山作るほど減価償却費の比率が下がって,そのぶん\eqref{eq1}式での計算上の原価が下がっていきます.


直接労務費は,段替えに掛かった時間も加算されますので,段替え回数を減らすほど\eqref{eq1}式の計算上の原価が下がっていきます.在庫は会計上,資産として計上されるので,\eqref{eq1}式をベースにしたKPIのもとでは,在庫はドンドン増えて行ってしまうのでした.


今でも経営学では『適正在庫』という概念があり,欠品による機会損失を防ぐためには在庫を多く持つことを勧め,在庫費用は在庫金額の金利負担と倉庫代だけと説いています.


B-4.人が作った壁であると論破して改革を進める

そんな逆風の中,当時機械工場長だった大野耐一氏は筆舌に尽くしがたい努力を重ね,小ロット多回生産を実現させ,いわゆる「かんばん」を使った小ロット多回生産による『後補充生産方式』(通称JIT生産)を完成させたのでした.

『量産効果』が固く信じられ,『量産効果』とする会計制度に真っ向から反する『JIT生産』は,現場の職長のみか,本社の経理部門までがこぞって反対する中で,大野耐一氏が皆を説得させた論法が冒頭の『神様が作った壁か?人が作った壁か?』だったのでした.

減価償却費が,時間とともに発生するというの『人が決めた概念』である.機械は,停まっている間は何の価値も減らない.稼働させた時だけ動く部分が摩耗するので,生産した量によって減価償却させるべきであり,それ故,神様から見れば『減価償却費は固定費ではなく変動費である』と主張しました.

労務費を1個当たり費用として計算するのは『人が決めたこと』である.人は作業量に関係なく,生きていくためには腹が減るのは『神様が決めたこと』であるから,出勤したら仕事の有り無しに関係なく1日分の給与を払わなければいけない.それ故『労務費は固定費である』としたのでした.

そのことから,多くの会社で使っている『設備稼働率』という概念は使わず,設備のavailabilityを『可動率』と名付け重視しています.又,『JIT生産』の為に増やした段替え回数や運搬回数に伴う工数増も,同じ人員数で,定時内に収まっている場合は,支払い労務費は同じですから工数増とはしません.この考え方で,つねに市場で売れた分だけを最小の在庫で生産していく体制を大野耐一氏は構築したのでした.\eqref{eq2}はその概念式を表します.


B-5.危機の中で従業員を守る方法でもある

この運用を違う立場から説明しますと,工場の生産量と市場での販売量の関係は,下記\eqref{eq2}式のように,常に一致している必要があります.工場の生産量は@従業員数A設備能力,B棚卸資産に関係しますが,会社のノウハウは@の従業員の中にしか存在していません.


\begin{equation} 生産量(@従業員数,A設備能力,B棚卸資産) \iff 市場での販売量 \label{eq2} \end{equation}

今回の新型コロナのような,市場が萎縮した場合は,工場は当然生産量を減らす必要がありますが,工場内のB卸資産量を在庫日数で評価し,早めに手を打ち減少させていく必要があります.多くの会社は原価の8割が外注費になって居ますから,仕入れを先行して減らす事で従業員を養うことができるからです.一個ずつ工程間を手で運んで,極小の棚卸資産で運用するとことまでやるのが『JIT生産』の極意です.

ここまでやって従業員を守り抜き,アフターコロナの新しい成長に備えるのです.


それでも難しくなったら,A設備能力に手を掛け,売却,もしくは廃棄処分にして減価償却費負担を減らします.

その一方で,生産が追い付かないほど売れるときは,段替え時間を惜しんで大ロット生産し,在庫増には拘らず生産量を増やしていくことを意味しているのです.


B-6.管理会計での話ですので違法ではありません

誤解をされるといけませんので注釈を入れますが,会計には管理会計と財務会計(制度会計)とがあります.後者は過去1年間の間の企業活動の成果を法律に基づく計算法で会計処理し,損益計算書,貸借対照表,キャッシュフロー計算書等の財務諸表として公表し,当局に納税し,株主に配当する一連の会計活動を指します.これは自社で勝手に変えることは出来ません.トヨタも何ら違法はやっていません.


前者の管理会計は,目の前の市場の状況から,何をどうやったら利益を確保して企業を成長できるか・・・企業経理の指針を示すための会計で,どのようなやり方をするのかは各社が自由に選ぶことが出来ます.アメーバ会計やスループレット会計が有名です.大野耐一氏が変更させたのは,この管理会計での話でした.

労務費については独自の能率歩合制度で台当たり工数の改善を進め,原価管理は減価償却費を外した直接原価方式でやっていました.


それ故,此処で紹介した改革の方法は,法的に何の違反も無く,皆さまでも即採用できるモノなのです.

『神様が作った壁か?人が作った壁か』のお話しが,皆さまのアフターコロナに向けての改革に参考になれば幸です.


【C】
「ルールは変えるためにある」

これは,個人の暗黙知を形式知に変えに皆で共有し,より良い方向に改善していく活動を表す言葉なのです.


C-1.自己の確立と仲間意識の醸成のため『教育訓練を重視』

トヨタでは入社時に『入門編』,その後職務に即した『実務編』を,更に昇格時『管理者編』を,同期の者を10〜20名単位で部屋に集めて教育し,自職場で展開させ,相互職場訪問させDiscussionさせます.これは陽明学の『知行合一』即ち知識と行為は一体であるという思想の流れを汲むモノでした.普通の会社は『教育課』というところをトヨタは敢えて『教育訓練課』と名付け,いわゆる座学で教育するだけで無く,実践出来るまで教え,実践した結果を確認して初めて『教えたということ』になるとしていて,その覚悟を表す意味で『教育訓練課』としているのだと聞かされたモノでした.

入社同期生を一堂に会するのは,敢えてライバル意識を駆り立ててやる気を喚起すると同時に,同期の中での自分の位置付けを自分で判断させる為もありました.

その同期の集まりのDiscussionを人事係が観察する事で,客観的な人事評価が出来,配属された部署間の偏差を是正し,公正な人事評価に寄与することは,当の教育を受けている人達にも自ずと理解出来るのでした.

その中で行っていた『標準作業による改善活動』という教育訓練は,『トヨタ生産方式』の教育であると同時に,『品質教育』であり『安全教育』でもありました.管理監督者に対しては『部下の育成』の教育でもありました.


C-2.トヨタ生産方式における改善活動とは

この『標準作業・・・』の教育訓練の中味は,一般論で言えば

Step1)『我流を統合しルール化する』⇒『そのルールを守る』

我流の統合とは,暗黙知を形式知にすることを意味する.そのル−ルを守るとは,皆が標準作業として遵守するという事.

Step2)『より良くするためにルールを改定する』⇒『改定したルールを守る』

ルールを改定しそれを皆が守るとき,これを『改善』という

Step3)『更に良くするためにルールを再改定する』⇒『再改定したルールを守る』

常により良い方法を求めながらも,決められた方法を守り,品質と生産性を維持向上させる職場を理想とする.

Step4)教育訓練で学んだStep1〜3)を自職場で展開し,後輩を育てる.

…………

もう少し詳しく言えば,このように,各作業者の暗黙知としての作業方法を比べ,一番優れた作業方法を,準作業(オモテ標準作業)と名付け,形式知として皆で守ることに決め,これがスタートラインになります.

ここから改善されたモノを『準作業』と言い,いわゆるトヨタ式の改善活動になるのです.


更に,ルールには以下の6個の要件を備えていなければならないと教えます.

  1. いつ,
  2. 誰が,
  3. 何の目的で,
  4. 何を根拠に決め,
  5. 誰の承認を得たのか.
  6. それ故,どういう手続きで変えることができるのか

4.の根拠は以下の五種類に分類し,E.だけが現場で変えられるとしています.

  1. 神様が決めたこと(材質,強度,寸法等図面指示事項等々)
  2. 国の法律に基づくモノ
  3. お客様との契約
  4. 会社の規則
  5. 職場が決めたルール

5.と6.は,担当する職長と技術スタッフが最終承認することにしています.


それ故,表準作業票には,制作者名,製作年月日,根拠,承認者サインを記入します.改定時も同様にサインを求めています.


C-3.標準作業は会社の財産である

トヨタ生産方式に於ける『標準作業の改善活動』がどんな取り組みで,それが,働いている人たちにどのような誇りとやり甲斐を感じさせ,会社にどのような利益をもたらすか,つたない文章で書くよりも,ネット上の記事をご紹介した方が,思いを伝えることができると考え,『日本の清掃会社がハーバードビジネススクールの教材になるまで』を紹介します.


日本の「清掃会社」がハーバードビジネススクールの教材になるまで | iXキャリアコンパス

従来は,新幹線が東京駅について乗客を降ろすと,整備工場まで回送し,そこで車内を清掃し,又東京駅まで回送し,ホームで乗客を乗せ出発……だったのを,到着したホームで,乗客が降りた後,たった7分間で車内を整え.そのまま乗客を乗せて目的地に向かう方式に変えたのでした.


これが,鉄道会社に取ってどれだけ貢献しているか,想像してみて下さい.


7分で出来るようになったのは,彼等が改善に改善を重ねて来たから(標準作業を改善し,それを全員で守り,又改善し,又みんなで守る)達成出来たことなのです.

このような奇跡的清掃をやってくれる従業員は宝ですし,そのノウハウ(標準作業)も又,会社の財産なのです.

言い方を変えると,清掃員達の暗黙知を集めてきて,その中の一難良い方法を『表準』とし,全員で展開,その中で改善案が見つかれば,全員でそれを実施する……という,先に述べたことの中味が分かり頂けたと思います.

もし御社の作業現場が,やり方が作業者任せであれば.暗黙知がそのままで放置されており,大変もったいない状況にあるという事になります.



以上,様々なことを書きましたが,皆さまにアフターコロナ対応のお役に立てれば幸いです.皆さまのご健闘を願っております.


2020年6月
(株)Jコスト研究所 代表 田中正知