株式会社 Jコスト研究所

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J-Cost Research Center

連載コラム『Jコスト改革の考え方』目次はこちら

16回目まで掲載し中断中、25年3月から再開を予定しています。

お楽しみにお待ちください。

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2025年5月

所長 季節のご挨拶

我が家の猫の額ほどの我が家の畑に,連休前に植えたトマトは既に膝の高さになり,今年は脇芽の管理をして,長く楽しむつもりです.散歩道の街路樹の桜は新緑に燃え,素晴らしい景色です.

日本は穏やかな初夏を迎えていますが,皆さまは如何御活躍でしょうか.


世界に目をやりますと,隣の韓国では,前政権で高騰した不動産バブルが弾け始め,結果として,家庭債務が急膨張し,その中で頼りのサムスンの売上減が続き・・・不穏な気配とか・・・・中国は,膨大な不動産バブルが弾けだし,消費低迷⇒企業倒産⇒首切り⇒消費低迷の負のスパイラルが回り始めたとか・・・

その中国を相手に改革開放政策でしっかりと儲けていたドイツが,中国の不況でダメージを受け,更に,自動車のEV化で活路を見いだすはずが,より高性能のEVをより安く売り出した中国BYDに後れを取り,大きなダメージを受けています.


そして米国,国内企業との綿密な打ち合わせをしないままに高額な輸入関税を宣言したものですから,世界を股にかけて活動していた大手の米国企業がサプライチェーンの分断という大きな代償を払うことになり,GMFordなどの乗用車メーカーのみならずトラックメーカーまでが工場の海外移転を決断するに至りました.さらに広がり,Amazonや,米国の防衛産業担うBoeingまでが,工場を海外に移すという話までが持ち上がりました.

これから先トランプ大統領がどう決着を作るかわかりませんが,実業界が実際に動き始めてしまいましたから,大きな傷跡を残すことと思います.

評論家によってはリーマンショック以上の衝撃が全世界に走ると言っています.現に米国の主要企業は人員の解雇を始めました.

急速に業績を悪化させた日産は,全世界で2万人規模の人員整理をして立て直しを図るということを発表しました.パナソニックも1万人規模の人員整理をし,業績の立て直しを図ると公表しております.これらはトランプ課税による悪影響に備えての動きであると見ることもできます.

貴社はどのような対応をなさるのでしょうか?

[1] 弊社おすすめの対策『人を減らすな!在庫を減らせ!』の解説

不況に差し掛かった時,弊社の『本流トヨタ方式』では『人を減らすな!在庫を減らせ!』を邁進することをお薦めしております.

実例を申し上げますと,2020年から始まったコロナ禍の売上減対策には以下の二通りの対応策が在りました.

【A】多くの企業は『人員整理』を行い,売上減少を乗り越えてきました.

【B】一部の企業は『人員整理』は行わず,仕入れ代金の縮小で乗り越えました.

コロナが過ぎ去って,市場が生き返ってきたとき,

  • 【B】の社員を温存した企業は即増産に移り,業績を急膨張させました.
  • 【A】の『人員整理』をした企業は,募集しても人手は集まらず,業績回復が思うように行ってない・・・

と聞いています.つまり【B】は『危機』『機会』に変えたともいえます.どんな方策を取れば,【B】の道を辿れるのか,考えてみましょう.

[1-1] 固定費と変動費を考え直す

以下にお話する事は,筆者が入社した頃(1967年)人事部における入社教育,作業実習に行った先の管理者はもちろんのこと,実習でお世話になった現場の監督者から再三再四言われ続けたことです.

それは1950年当時のトヨタが,終戦後の超インフレと,それを収めるための超デフレ政策(ドッジライン)によって,経理上は黒字だったが資金繰りに詰まり,銀行の追加融資がなければ倒産するという危機に陥ったこと.

この時の社長は,豊田佐吉の長男で,トヨタ自動車を作り上げた豐田喜一郎だった事.彼は『豊田要綱』にある『一,温情友愛の精神を発揮し,家庭的美風を作興すべし』を楯にとって,断固人員削減には反対した事.

銀行団との交渉がもつれ,最終的には,先ず創業者の喜一郎社長が引責辞任し,その後,社員の人員整理を行うことで解決した事でした.

そして,これが『人員整理する前に,社長が引責辞任をする』と言うトヨタの不文律ができたことでした.

作業実習中の休憩時間に,現場の組長が隣に座り『あんたは大学出だから,出世してえらいさんになるだろう.だからこれだけは覚えておいて欲しい.仲間の首を切るような会社にするな…』と話してくれました.

1950年の危機のあとを継いだ石田退三社長以下現場の末端まで,『人員整理』をせずに済む会社にするには,どうすれば良いのか考え,工夫をし,実践してきたのが『トヨタ生産方式』だったのです.

詳しい話は別途『TOYOTAとNISSANの歴史をJコスト論で斬る』シリーズでお伝えいたしますが,世の中が不況になり自社の製品が売れなくなった時,現場はどのようにして耐え忍び,力を蓄えておき,好況になったときそれを爆発させて成長につなげるか・・・についてここではご説明いたします.

1-1-1. 『減価償却費』は本当に固定費か

会計学では,『減価償却費は固定費であり,労務費は変動費』であると教えます.

これに異を唱えたのが,トヨタ生産方式で有名な大野耐一でした.

例えば,プレス型の減価償却を考えてみましょう.ただ置いてあるだけなら摩耗しませんが,生産すれば1回当たり何がしか摩耗を生じ,ある回数を使えば使えなくなるので,どう考えてもプレス型の減価償却費は変動費のはずだと言うものです.

一方従業員は,会社に出てきて仕事をしていても,仕事がなくても腹は減る.生きていくためには毎日食わねばならない.だから労務費は固定費のハズだ!と主張したのでした.

ネットで調べると,家屋などの減価償却費は固定費と決められていますが,プレス型のように,使う回数で摩耗していく機材の減価償却費は,所轄の税務署長の判断で決められるとありました.

経済の専門家たちは,今年の後半からトランプ関税影響で,リーマンショック以上の大不況がきてもおかしくないと警報を鳴らしています.減産時に備えて,固定費を減らし『損益分岐点』を下げておく必要があります.

1-1-2. 省人化と少人化

10人で1時間当たり60個生産していたラインに,自動機を導入して9人でできるようにいたとします.

【改善前】
\begin{equation} (材料) \Rightarrow \unicode{x2460} \Rightarrow \unicode{x2461} \Rightarrow \unicode{x2462} \Rightarrow \unicode{x2463} \Rightarrow \unicode{x2464} \Rightarrow \unicode{x2465} \Rightarrow \unicode{x2466} \Rightarrow \unicode{x2467} \Rightarrow \unicode{x2468} \Rightarrow \unicode{x2469} \Rightarrow (完成品) \tag{1} \end{equation}

10人作業; 60個/h (時間) の組み立てライン

【省人化改善後】
\begin{equation} (材料) \Rightarrow \unicode{x2460} \Rightarrow \unicode{x2461} \Rightarrow \unicode{x2462} \Rightarrow \unicode{x2463} \Rightarrow (自動機) \Rightarrow \unicode{x2465} \Rightarrow \unicode{x2466} \Rightarrow \unicode{x2467} \Rightarrow \unicode{x2468} \Rightarrow \unicode{x2469} \Rightarrow (完成品) \tag{2} \end{equation}

D工程に完全自動機を導入し,9人作業で60個/hを達成できたとします.

このように作業を自動機の置き換え人手を減らすのを省人化と称して多くの企業では無条件に進めていますが,ここには大きな落とし穴があります.

生産のflexibilityが失われることで,減産時は返って生産性が落ちるのです.

実際に売れなくなって時間当たりの生産台数が減少した場合を計算しましょう.

  • 前工程 60個≧4人,45個≧3人,30個≧2人,……
  • 後工程 60個≧5人,48個≧4人,36個≧3人,……

となってしまいます.

【少人化 改善】

トヨタ生産方式では,『少人化』という改善をお勧めします.これは市場の変化に追従して行く為に,常に生産数に比例した要員数で運営できるように改善することを意味します.flexibilityです.設備の制約をなくし,作業員を多技能化しなくてはなりません.

『少人化』されたラインでは,今の例で言えば,

  • 60個≧10人,54個≧9人,48個≧8人,42個≧7人,……

となります.このように10%の減産で,省人化に掛けた費用は無駄になり,さらに減産が進めば,自動機がネックとなった少人化ができず逆に生産性を落とすことになってしまいます.トヨタ生産方式では,『省人化』の完全自動化工程はラインの両端に設置し,ラインの途中は簡易的な自動機 (道具の延長)にして『少人化』と両立させる工夫をします.

[1-2] 困窮時,どの順番で削減するかを決めておく

『本流トヨタ方式』では,常に『目的は何か』を問い直して前進させます.

会社経営の目的は,『西欧社会では株主から預かった資金を有効的に使い利益をもたらし株主に還元する….』と考えます.


『本流トヨタ方式』では,日本式経営のEssence『3方よし (売り手よし・買い手よし・世間良し)』をベースにして,『関わった人間集団の末長い繁栄』がその目的になります.即ちGoing Concernなのです.国家に例えれば,国民の繁栄です.

企業が人員削減して成長を期すと言うのは,国家で見れば,高齢医療費を削減するなどの,一部の国民を犠牲にして生き延びる事と同じと考えます.最後の手段で,トヨタでは1950年資金繰りが悪化して倒産に危機に陥った時,創業の社長が先ず引責辞任して,その後,約2割の人員削減を実施し息を吹き返しました.以来,人員削減は社長の首と引き換えにするモノという不文律が生きています.

1-2-1. トヨタ生産方式に於ける減産時の対応順序

トヨタ生産方式の公式は

  1. 現金支出を削減するために,まず仕入れを減らす
  2. 『寄せる・停める』改善で作業工程を変更し改善要員を捻出
  3. 工程内在庫・完成品在庫を減らし,仕入れ量を更に減らす
  4. 余剰人員を製造ラインから外し,段替えと運搬の多頻度化
  5. 余剰人員を使って余剰設備の点検修理・改造と保全技能の訓練
  6. 更に余った工数で,繁忙期にできなかった教育訓練実施

の順序で現場のスリム化を図っていきます.

1-2-2. 減産時の対応を可能にする体制整備

現在ほとんどの会社では,工場内の各工程で生産する品目とその数量は,事務所にあるコンピューターを使って計算され,現場に指示するのが普通です.これをPUSH型と言います.

トヨタ生産方式では,全ての工程に在庫を持たせておいて,後工程に引かれた量だけをその日の内に後補充生産する仕組みになっています.もちろん生産のための原材料は前工程に取りに行くわけです.これをPULL型と言います.

(1) 購買品の納入指示をPULL型 (在庫後補充型)に変更する

ご家庭で調理場を預かっている人たちは,家にある在庫の中で料理を考えて作ります.在庫量として不足した分を買い出しに行き補充しておきます.それゆえに日常は在庫量の中で家族の望む料理ができるのです.

ところが多くの会社では,会議で決められた翌月の生産計画から,『MRP』に基づいて必要量を計算し,自動で発注されます. しかし,来月の必要量を発注するに当たって,今月末に,生産品番毎の残量がどれだけあるか不明ですので,毎回残量ゼロとして必要量を計算します.

さらに,仕入れ量が不足すると生産ができなくなりますが,正常な状態でも,設備の作動確認用,破壊試験用等に余分に納入させる必要があります.それ以外に不良品混在,加工不良時の追加生産等に使われる数量を予測して加える必要があります.更に,最小納入単位という契約があり,1,000個単位だったり,20kg単位だったりします.必要量が103kgでも,20kg袋が納入する単位で在れば,納入量は120kgとなります.

このようにして,PUSH生産,即ち計画生産に基づく発注 (MRP)は必要量より常に多めに発注する性質があります.PUSH型である限り毎月在庫は増えていきます.

一方PULL型 (在庫後補充方式)では,会社の調達品の在庫量は,ご家庭の冷蔵庫の管理と同じで,使って減った分だけ補充するので,最大在庫量は増えて行きません.

『Kanban方式』を採用すれば,在庫量は常に発行してある『kanbanの枚数』以下になります.そして,『Kanban』の枚数を減らせば,即Supplierの完成品倉庫と,自社のライン側までの在庫量を品番別に減らす事が容易にできます.

(2) 工場内の各工程の生産管理もPULL型 (Kanban方式)に変更

実際の工場では何十カ所の製造工程があり,それがサプライチェーンとして?がっていて,時々刻々夫々の製造工程に,『何をどれだけ,どのタイミングで作れ!』と指示するのは,不可能に近いことです.

これを解決するには『Kanban方式』の導入しかありません.

一例としてそれで,『甲』という工程から『乙』の工程へ,A,B,Cの3種類の中間製品を供給していたとします.「A」,「B」,「C」の3種類の連番を付けた『仕掛かりKanban』を準備し,通い箱に取り付けてスタートします.

後工程は「A」,「B」,「C」の3種類の連番を付けた『引取Kanban』を準備します.後工程から取りに来る頻度は,等間隔で10回/直が良いとされています.後工程は,生産によって使った部品の『引取Kanban』を持って前工程に取りに行き,前工程の在庫に掛けてある『仕掛Kanban』を外して『Kanban入れ』に入れ,引取Kanbanに付け替えて持ち帰ります.

前工程『甲』は,外れていた『仕掛Kanban』分を生産して,その『仕掛Kanban』付けて補充しておきます.

ここで大切なことは,全ての工程の材料置き場には品番毎に『引取Kanban』がついており,完成品置き場には品番毎の『仕掛Kanban』がついており,工場の中には一切『Kanban』のついてない通い箱入りの部品は無いということです.

工場内の全工程間をこのように『Kanban方式』で繋ぐ事によって,ただ『Kanban』の枚数を増減させる事で工程間の在庫量を自在に増減できるようになります.

さらに在庫を減らすためには,通い箱の中の収容数を減らして行きます.トヨタには『1個Kanban』という言葉があります.『1個流し』という言葉もあります.

究極の在庫低減は,作業者が,1個の材料を持って工程を回り,仕上げていく事で達成されます.


写真は初代MR2です.Midship-Engine, Rear-Drive, 2Sheater の略で,日本で初めてのミッドシップエンジン車でした.熱心な愛好家がいたため,月販数十台でも販売していました.普通の自動車会社では,量産しておいて,在庫を取り崩して販売するのですが,製造を担当してきたセントラル自動車は,溶接工程では一日1〜2台のボデーを,1枚ずつプレス品を運びながら溶接治具を廻って仕上げていきました.当時,『少人化』のモデル工程として,現場を担当する技術者として見学させてもらいました.

初代MR2 (GAZOOより)
(3) 寄せる・停める改善

先に『少人化』の説明で生産数に比例して作業者数を減らすと説明しましたがここにも『トヨタ生産方式』としての工夫があります.

  • 60個≧10人,54個≧9人,48個≧8人,42個≧7人,……

生産量が45個/hだったらどうするのでしょうか?


今月の生産個数が時間50個 (TACT-Time=60分/50個=72秒)だったとすればどのような体制で生産すればよいでしょうか.計算をすれば,54個から49個までは9人で生産が可能です.多くの会社では,9人の作業員に,作業を均等に割り振ると思います.

ここに大きな落とし穴があります.一時間に50個であれば1個当たり72秒.つまり,72秒に一個の割合で作ればいいということになります.一方この総作業時間は一時間に60個を10人で作っていましたので,1個10[分・人]で作れる事になります.9人なら67秒に1個作る実力があったわけです.

67秒に1個できる実力を持った現場を,72秒に1個作る体制にして置いたら,運動選手なら直ぐ解ると思いますが,その現場は,72秒に1個しかできない様に劣化して行ってしまいます.作業速さだけでなく,向上心や覇気も無くなってしまうのです.

トヨタ生産方式では,これを防ぐために『寄せる・停める改善』を行います.誰もがパソコンゲームに夢中になりますが,それは眼前の課題をいかに早くうまく対処できるかに挑戦しているからだと言えます.挑戦しているから,うまく行かないと悔しいと思うし,うまくいけばもっとうまくできないかを思い,時間の経つのも忘れていくことでしょう.

現場作業も同じです.自分の作業の速さに挑戦しているから,うまくいったら嬉しいし,うまくいかなかったら悔しいので,なぜだろうと考える.そしてまた挑戦する.仲間と一緒にやる場合は,どちらが早く終わるのかを競い合うことによって,楽しみが出てきます.そして共に挑戦することによって,働く面白さとプライドが生じてきます.そして生産性が上がり,自分たちの会社の基盤が強くなってきます.

〜Keywordはストレッチ目標〜

自分達の毎日挑戦する目標として,昨日までの実力に対して数パーセントのストレッチ目標を掲げる事にします.今の例で言えば,TACT-Timeは72秒ですから,60個作っていたときに作業時間で,先頭から2秒のストレッチ目標を与えて,74秒分ずつ要素作業を割り振っていきます.

そうすると,次のようになります.

\begin{equation} 600 \textrm{秒} \cdot \textrm{人} = 74 \textrm{秒} \times 8 \textrm{人} + 8 \textrm{秒} \cdot \textrm{人} \end{equation}

8人のストレッチ目標に挑戦する作業員と,作業遅れをリリーフする1人の作業員と言う体制ができます.

こうすることによって,減産による生産個数の変更をしても,各作業員は実力を落とすことなく常にストレッチ目標に挑戦し,成長し続けることができるのです.

このことを『寄せる・停める改善』と言います.

これによって浮いた工数は,運搬頻度向上させるために使い,工程内の滞留在庫を減らします.

なおこの『寄せる・停める改善』は,拡大すれば製造工程にも適用できます.

大は組立ラインから,小は工作機械まで,早に挑戦するラインと,遅さに挑戦するラインを作り,要員・設備を浮かし,次の飛躍に備えるのです.

『人を減らすな!在庫を減らせ!』の意味は

1987年,トヨタも高級車を生産することになり,田原工場がそれを担当することになりました.そこで,工場長・工務部長・検査部次長・製造部次長 (筆者)が,本場ドイツ行ってその製造現場を視察することになりました.VWAudiBMWBenz等の車両工場を主体に,しっかりと見学し,工場関係者と忌憚なく意見交換をしてきました.

余談になりますが,ドイツは非常に合理主義の国で,BenzVWは,日本進出に当たって,日本の人口の重心に近いことから,豊橋市に揚げ港とMotor Poolを設置し,此処で再整備をして日本各地の販売店に卸しておりました.

特に,そのドアやフードの建付けは,全数再調整しないと高級車として売れないということで,トヨタの田原工場の手直し要員が高給で引っこ抜かれて行ったとされています.日本国内でご近所付き合いをしていた仲でもあったのです.


1980年代は,ドイツは約百年の歴史を誇り,トヨタは50年目の新参者でしたから,大先輩として若造に教えるような具合で,工場の隅々まで見せてくれて,何でも意見交換ができました.詳しい話はまたの機会に譲るとして,当時のドイツの自動車工業の一面を紹介いたします.


当時のドイツの大学進学率は数%で (現在は30%?),進学するためには,日本で言えば小学年生から高校3年までの進学校『ギムナジウム』に入ります.

数年間の社会 (含む兵役)経験を経た後,自らの将来像を決めて大学の専門課程に入学 (入学は易しいが学位論文は難しい)します。その専門を売りに入社すると『開発』や『経営・管理』の専門職として働きます.


大学進学しない人は,夫々の職業学校に入学し,手に職を付けます.職業学校を卒業すると,国家資格を手に入れた職人 (ゲゼーレ)になります.同時に同業組合に加入します.加入しますと組合の規約によってドイツ国内における標準賃金以上の金額で就職ができます.

就職しますと『同一労働同一賃金』の原則で,勤続年数には関係なく,ほぼ一定の賃金になります.目立った功績をあげると,賃金は上げると言います.

作業員の上に君臨するのは『マイスター』です.

Benzのシュツッツガルツ工場で,あるマイスターのオフィスを見学しました.そこには担当する工程の作業員の全名簿が貼り出されており,勤怠状況が詳しく記入されました.A君は成績優秀である.B君は不良ばかり出している.あと1回不良をだせばクビにする・・・等語ってくれました.

不良の原因追及や,作業指導,部下の育成等の話は出ず.失敗した作業者を排除して入れ替える……と言う『マイスター』の姿勢に,驚きました.


一方,万一クビになっても,ドイツの自動車会社の従業員は強力な労働組合『IG Metal (イーゲー・メタル; 金属産業労働組合)』に加盟しており,再教育・,再就職は容易であると言います.その気があればすぐに就職ができる仕組みになっていると聞きました.


さらに驚くべき労働市場の実態を知りました.自動車の組立工は,組合の認めた標準作業時間に基づいて作業量を決められ,基本となる給与も決められているということです.その作業というのは驚くべきことに,スパナやドライバーを使って手で締め付ける時間を以て標準作業時間と決められていました.

実際の職場でそのとおりに作業時間が割り振られているかどうか,同業種組合の調査員が来て見て周り,規定より多くの作業が割り振られているときは,会社側に厳重に抗議をする……仕組みとなっておりました.

その結果,当時のベンツの一番廉価版のモデルAの組立作業時間は約20時間と聞かされ,トヨタのクラウンが約5時間というと,組合の壁でどうしようもないと残念がっていました.ただ,一人一人の作業量が日本の1/4しか無いことで,完全自動化がやり易いのが取り柄だとも言っていました.

もう一言ベンツの連中は反論しました.製造する工数はトヨタには負けているけれど,販売するための工数はトヨタよりもはるかに少ないと…….

当時のベンツは大変な人気で,注文した米国人はベンツからの知らせを聞いてわざわざシュツッツガルツまで車を取りに出向き,ゲストハウスでワインを飲んでいると,あなたのクルマが間もなくライン・オフしますという案内が来て,参観通路で検査工程を通過するわがクルマを見届け,翌日以降その車でヨーロッパを旅してやがてアメリカに持ち帰る……という話が流布されていました.その場で,トヨタもいくつかそのようになりたいものだと思っていました.

(1990年代,田原工場でレクサスの生産開始時,工場として,案内用の電気自動車とゲストルームを準備しましたが,時期尚早で全社展開には至りませんでした)


話を元に戻しますと,当時のBenzの中では

  • 設計 ≫⇒ 生産技術 ≫⇒ 製造現場

の序列が強く,設計は大卒でも多くが博士号を持つ超エリート,生産技術も同様のエリート集団だと言います.

≫⇒の記号は絶対の権限を持ち,後工程の発言を許さないことを意味します.

『設計』は約5〜6年掛けて,完璧な車両を設計し,設計図を作成します.

『生産技術』は1〜2年掛けて設計図を基に,工場設計し,設備配置,工程編成をします.

『製造現場』生産技術から,生産設備と製造工程表を受け取った製造現場は,人事部が用意した要員をマイスターが適材適所を配置しています.どの工程に,どの作業員を配置するかは,そして誰をクビにして入れ替えるかはマイスターの権限でした.


『西欧のレストランに皿洗いで就職すると,定年まで皿洗いをさせられる』という言葉があるように,ドイツの自動車の組立工場においても,タイヤを取り付ける人は,その会社にいる限りずっとタイヤを取り付け続ける事が普通で,多くの仕事をマスターさせようとすると,膨大な費用が発生すると考えるからです.

それゆえに,生産ライン立ち上がり当時に作った工程編成は,ベストな編成であると考え,その一部を全自動機に置き換える改善は進めますが,売れなくなったと  言って先に述べた『少人化 (Flexible 改善)』は考えず,数ヶ月分の在庫を積み上げた後,一定期間生産ラインを止め,作業員を解雇します.つまり体制は同じのままで,一定期間生産を停止することで,在庫量を調整するのです.それ故,その環境の下では,労務費は変動費として計上するのです.

そしてその裏には,クビ切られてもある一定の収入を確保できる社会保証制度と,再就職を助ける強力な労働組合があるわけです.

日本の労働環境の特異性 (民間製造業の例)

Benzの社内では,各機能が独立していて責任範囲が明確で,他部署からの干渉を許さない組織でしたが,1987年頃のトヨタの状況は,下図のようなっていました.

  • 設計  生産技術  製造現場

は,Concurrent・Engineering を表し,トヨタでは1970年カローラ2代目から始まり,全社的に展開していました.ドイツと違い,最終工程である組立現場の班長が設計部門に出向いて行き,開発中の試作車の分解組付けを行ない,作業性向上の提案をしてきました.

これはトヨタの中では,@生産性の向上A新車開発に参画したというモラールの向上に寄与しました.そして後日,B整備性の良さから中古車価格が上昇し,それが新車販売力に貢献している事が明らかになりました.


日本では,大卒以上の入社者は,有名大学に入学し,有名企業に入社すれば一生楽ができると言う輩が多く,入試科目 (高校課程の一部分)のみを猛勉強し,大学入れば学生生活を謳歌し,ただ楽をするために一流企業に入った……と思われる新入社員を数多く見てきました.受け入れた以上戦力するために,その配属先が,猛特訓して一人前にして育てておだてました.業務を進めながら上司が部下達の人物を見分け,能力のある人間をしごき,後継者として社内で育成してきました.結果として『井の中の蛙的世間知らず』の経営者が多くなりました.


高卒入社については,商業高校は事務所に,工業高校は保全部署等の特技を生かせる職場に配属になり,そこで更に技術を身につけて行きました.

問題はいわゆる普通科の生徒たちです.高校では受験勉強が優先し,社会に出て即役に立つ技能は何一つ身につけていません.この生徒たちは,製造企業においては,現場作業員として採用されてきました.


各製造現場では,戦力として立派に働いてもらうために教育訓練を行ないましたが,それは決して世間一般に通用するものではなく,その会社の,その職場の必要とする仕事ができるようになればよい……というだけの社員教育もありました.


組合活動は活発ですが,それはドイツのように産業別ではなく,会社別の組合でしたから,一旦首になれば会社から離れてしまい,世界に通用する何の資格も無いままに放り出されてしまう状態になります.つまり[人員整理]と言っても,産業別組合の強い欧米諸国に比べて,会社単位の組合しか持たない日本においては,その意味するところは全く違うのです.

読者諸君も,この違いをよく噛み締めた上で,『○○会社は何千人の人員整理を』という記事の社会的なインパクトをよく理解していただく必要があります.


『トヨタ自動車が公言した』とすると物議を醸し出しますのでこの場は『筆者の独断で言うと』としておきますがトヨタが存在するその本質は『共存共栄』にあります.『共存共栄』とは,近江商人の三方良しに似ていますが

  1. 顧客の満足
  2. 取引先・地元・環境の満足
  3. 従業員の満足
  4. 株主の満足
  5. 経営者の満足

と考えております.

最近マスコミで,日産の経営状態が話題になり,数が多く,報酬も大きいのに大した働きをしてないとして叩かれていますが,彼らはもしかして,経営者の満足を一番にあげているのかもしれません.この辺のことは後日『TOYOTAとNISSANの歴史をJコスト論で斬る』シリーズでお伝えいたします.


問題は(3) 従業員の満足に在ります.

『労働は神から与えられた罰である』とする旧約聖書の記述を信じるのであれば,皿洗いと言う係に就いたA君が毎日毎日皿洗いのみを担当し,生涯を閉じたというのは,神の命に従ったことで,なんでもないことかもしれません.

しかし,知的好奇心の高い日本社会においては,明けても暮れても毎日同じことを同じルーチンで行うということは,大変な苦痛です.

ラーメン屋でも,いっぱい一杯心を込めてラーメンを作り,客の反応を見ながらさらに美味しくすることはできないか,もっと客に喜んでもらえないかと,知的好奇心を旺盛に働かし,仕事を続ける中に,生きがいがあるのではないでしょうか.


このもっと良いやり方があるのではないかという知的好奇心を満足させる行いをトヨタ生産方式は『KAIZEN』と言います.

製造現場では,工業製品ですので,一定の品質レベルを満足すれば,あとは速さの問題になります.知的好奇心を使って挑戦するのは『作業の速さ』になるのです.


例えば,A君が作業を10%速く完成させる方法を見つけたとします.他の仕事に応用して数%は速くなるとします.

A君の会社が『会社都合で従業員を解雇する場合はまず社長が辞任する』という会社であれば,彼はその案を堂々と皆の前に説明し,皆も仕事が速くできるようになること驚き感動し,A君を褒め称えることでしょう.


A君が,従業員を一人解雇すれば,原価改善に功績があったとして課長が評価される会社にいたとすれば,A君が提案すれば,その結果仲間の誰かが解雇される事に繋がります.つまり改善をすれば仲間が解雇される様な工場では,少しでも良くしていこうという好奇心や精進する心がなくなります.その代わり,どうやって楽をしよう.手抜きをしよう・・・という心が芽生えてきて,職場は静かに崩壊してきます.

みんなが生きがいを持って働き,共に成長することをよろこびあう会社にするためには,『会社都合で解雇はしない』事と『KAIZEN』は必須なのでした.

思わず長話になってしまいましたが,トランプ関税によって世界経済が,リーマンショックよりもひどい状態になるという説もある中で,御社の世界同時不況への備えは万全でしょうか,弊社のお勧めする『人を減らすな在庫を減らせ』がお役に立てれば幸いです.

[2] 先回の続き,日米貿易戦争とトヨタの対応

先回クリントン大統領時の第二次日米貿易戦争についてお話ししました.

米国の強い要望で,GMのキャバリエを『トヨタキャバリエ』として改装して日本全国のトヨタ店を通して発売しました.米車好きの所ジョージまで動員して大々的に宣伝しました.最後は半値以下の叩き売りまでしましたが,目標の5万台には遠く及ばず売れたのは2万数千台だったと言います.

今回は日本におけるトヨタとサプライヤーとの関係の編成についてお話をし,それが米国においてどのように展開されていたか,そしてそれが今回のトランプ関税についてどのような影響を及ぼすかについてお話したいと思います.

[2-1] 1995年阪神淡路大震災時の調達部品状況

1995年1月1日付で,筆者は物流管理部長を拝命しました.

トヨタの物流部門は,国内はもちろん世界の末端まで完成車を運ぶ『車両物流部』,補修用部品を国内・全世界の修理工場まで運ぶ『部品物流部』,国内の遠隔工場および海外の工場で生産するに必要な部品を運ぶ『KD物流部 後に生産部品物流部』,それらを統括し,改善を推進する部署として『物流管理部』の四部から成り立っていました.

着任から間もない1月17日阪神淡路大震災が起きました.現場からの報告を受け,生産担当副社長が生産の全面停止を決め,各部署にかねて決めてあったライン停止時の実施事項を遂行するように命じました.

そして,完成車と生産用部品を博多港⇔名古屋港⇔仙台港を結ぶ専用のRORO船が停止するので神戸港に救援物資を運ぶ申し出でをして,所定の事前申請がないので断られた件は前回お話しました.


工場再稼働に向けて細部を詰めていた時に,東北地方からの部品がトヨタに届かないことが分かりました.

災害を受けたのは阪神地区です.その影響でなぜ東北地方からの部品が欠品するのか?サプライチェーンの問題として,生産管理部・購買管理部が中心になって調査しました.その結果は以下のようなものでした.

ドルショック・石油ショックを乗り越え,1980年代日本経済はバブル期を迎え,人手不足で生産が追いつかない状況に入ってきました.1991年,田原第3工場でトヨタマジェスタが立ち上がったとき,トヨタのSupplierから,『これ以上は作れない!』と言う悲鳴が上がったと言います.


Supplierは一般には一次下請け (Tear1),その下に二次下請け (Tear2)更に (Tear3), (Tear4)まであるとされています.下に行くほどだんだん規模が小さくなってゆき,末端では,ちょっとした道具と人手で行うレベルまでブレイクダウンされ,農家の副業として行われて例もある程,当時は人手不足の中で生産が急拡大して行ったと言われています.

その結果,Tear1が九州だったのに,Tear3は東北に在った等の例が続出したのでした.

トヨタのサプライチェーンマネジメントは,突然の事故,労働争議等を対象に考えており,部品は必ず複社発注とし,品質と価格を公正に競わせ,成長を促してきましたが,それは,トヨタの組立工場は愛知県内に在るということを前提としていました.

1995年現在,トヨタの組立工場は@九州地区,A中部地区,B東北地区に分散しており,地震大国日本では,東・南海地震,関東直下型地震,東北沖地震,北海道地震,富士山噴火等々の大災害尾可能性があります.災害の時こそ自動車が活躍して復興に寄与しなければならないのに,その自動車生産がダウンしては話になりません.

この時,トヨタは日本を『九州地区』『中部地区』『東北地区』の3分割しどの地区に大災害が起きても,他の地区は生産が維持できるようするという大方針を掲げ,グループ一体となって取り組み始めました.

1997年アイシンのPバルブ事件
註 P (プロポーショニング)バルブとは,急ブレーキ時リヤタイヤがロックしないように圧力調整する配管用鍛造加工部品,乾電池ぐらいの大きさ

1997年2月1日午前4時頃,アイシン刈谷工場で出火,4時間後鎮火.焼失したのは,トヨタの使用量の99%供給するPバルブ製造工程だった.即全トヨタの工場が停止ました.

アイシン本体は復旧工事を進めるとともに,図面を公開して機械加工メーカーに生産協力を依頼しました.Pバルブの製造を依頼されたメーカーの中で最速で届けたのは2月5日でした.即刻,自動車生産の再開ができました.

機械加工メーカーの協力によって極めて短時間で,所定の性能を示すPバルブを供給できたこと,消失した工作機械を,全力を挙げて製作し工場の復旧ができたこと.トヨタグループとしての稼働停止期間は5日間で収めたことは,トヨタグループの結束の堅さとして話題となりました.


危機回避の観点からのサプライチェーン改革を進めていましたが,言わば外様大名だけに『阪神淡路大地震』の再発防止を図ってきていて,譜代大名には抜かりがあったと,大反省をし,更に力を入れて,『三分割化』に力を入れていきました.

2011年 東日本大震災

3月11日午後被害日本を襲った大震災は,マグニチュード9,0という,観測史上最大級地震でした.その直後,沿岸部に巨大な津波が押し寄せ,多大な被害と多くの人命を失いました.さらにその津波は,原子力発電所冷却装置を壊し,メルトダウンと建物の爆発事故を起こし,多くの放射能を散らしてしまいました.

物流管理部長として,名古屋港は名古屋市の一角にあるのに,仙台港と仙台市がなぜあのように離れているのか疑問を持ち続けていた.大震災の一ヶ月後現地を訪れた時,仙台港は1階部分は津波の被害に遭っていましたが,建物は無事で2階以上は被害がありませんでした.そして仙台市は全く津波とは無縁でした.

関係者に聞くと,伊達政宗が大津波を経験し,海岸沿いに田畑を作るのを禁止,塩田のみを許可した.その痕跡が『塩』や『窯』『釜』の地名に残っていると言います.

しかもここから先は危険という石碑まであると言います.それ故,津波で家屋を流れた被害は,家屋の建設は行政機関許可が要りますから,行政の怠慢ゆえの人災である.と考えざるをえません.

原子力発電所の被害については,近くの女川原子力発電所が,津波を意識して高台に建てたことを考えると,危険を無視して建設費を安く収めた東京電力の経営者責任は免れないものと考えます.黙認した行政官庁も同罪と考えます


話をもとに戻します.

トヨタ自動車は,震災発生直後,ルーチンに従い全ラインを停止して,現状の把握を実施したと言います.

これだけの大災害対しては,豊田章男社長さっそく現地に飛び,日本を襲った未曾有の災害に対しては,まず人命第一,社会活動の復旧,その次に営業活動に移るべきで,それを実現するために,現地で指揮をしたと聞いています.

そして東北復興のために,岩手県に加えて宮城県にもトヨタグループの工場を誘致して,意識的に『九州』『中部』『東北』の3大生産拠点構想を樹立し,新工場を建設しました.


TNGA (Toyota New Global Architecture)は,次世代の良いクルマづくりのための設計標準と考え,これによって車両の構成部品の標準化が進めば,部品の種類が減り,量産効果が出るという考えで進めていました.

が,東日本大震災の経験は,異常時におけるサプライチェーンの堅牢さをもたらす事を体感し,より実現への力が入ったのでした



次回は,日本で災害の中で強化されてきたサプライチェーンマネジメントとTNGAによる部品の共通化,常にトヨタと共に進出し,トヨタよりシェアを伸ばす強力なSupplier群の働きによって,トランプ関税課の米国大陸の中で,トヨタがいかに有利な商売ができるのかを,説明します.ご期待下さい.

今月は,有名な会社が堂々と人員整理の話をする姿勢に腹が立ち,弊社のスローガン『人を減らすな在庫を減らせ』に紙量を使ってしまいましたので,『TOYOTAとNISSANの歴史をJコスト論で斬る』は今月もお休みします.ご容赦ください.


2025年5月21日
(株)Jコスト研究所 代表 田中正知